こんにちは、おぐえもん(@oguemon_com)です。
前回の記事では、任意の正方行列を三角化することについて具体的な計算方法を含めて扱いました。
今回は、三角化を用いて証明をすることができる定理の一つ、ケーリー・ハミルトンの定理を解説します。
ケーリー・ハミルトンの定理とは
最初からどうでも良い話ですが、ケーリーさんとハミルトンさんは別人です。
2次正方行列に対する定理
ケーリー・ハミルトンの定理って昔の理系高校生にとって常識でした。というのも、行列が扱われていたかつての教育課程における定番定理だったんですよね。
当時の高校生が習った定理は次の通り。
高校生にとってのケーリー・ハミルトン定理(簡単版)
2 次の正方行列A=[aij]について、次の式が成立する。
A2−(a11+a22)A+(a11a22−a12a21)=O
上の公式は、2 次の正方行列にしか適用できないのですが、ケーリー・ハミルトンの定理自体はあらゆる次元の行列に適用できる公式を提供しています。
n次正方行列に対する定理
大学生が習うのは次に掲げる様々な次元に適用可能な公式です。先ほどの例はあくまで下の公式を 2 次の場合に限定したときのものにすぎません。
ケーリー・ハミルトン定理(本家)
n次の正方行列Aについて、その固有多項式をϕ(t)=∣A−tE∣とする。この時、次の式が成立する。
ϕ(A)=O
ただし、ϕ(t)は∣A−tE∣を展開した後の多項式であること。そして右辺は零行列であることに注意されたい。
固有多項式は、スカラーを変数として持つことを前提にした多項式ですが、変数にスカラーでなく行列Aを代入したとき、面倒な行列演算を経た暁に零行列(スカラーの「0」でない)となることを表しています。
成り立つ理由
n次の正方行列Aの固有値をλ1,λ2,⋯,λnとすると、固有多項式ϕ(t)は次の式で表せます。
ϕ(t)=(λ1−t)(λ2−t)⋯(λn−t)
これはケーリー・ハミルトンの定理の前提なのですが、多項式のスカラーだった部分は単位行列Eで掛け合わせられます。つまり、行列版ϕ(A)は次の通り。
ϕ(A)=(λ1E−A)(λ2E−A)⋯(λnE−A)
ここで、P−1APの登場です。三角行列に変換できるPを用意して、P−1ϕ(A)Pを計算しましょう。
P−1ϕ(A)P=P−1(λ1E−A)(λ2E−A)⋯(λnE−A)P
PP−1=Eなので、適当な箇所にPP−1を掛けても結果は変わりません。
P−1ϕ(A)P=P−1(λ1E−A)PP−1(λ2E−A)PP−1⋯PP−1(λnE−A)P=(λ1E−P−1AP)(λ2E−P−1AP)⋯(λnE−P−1AP)
ここで、P−1APは対角成分として左上から順に固有値λ1,λ2,⋯,λnを持つ三角行列です。よって**(λiE−P−1AP)は、左上からi番目の対角成分が 0 の三角行列となります**。
P−1ϕ(A)Pは、「左上の対角成分がゼロの三角行列」「左上から 2 番目の対角成分がゼロの三角行列」…を左から掛け合わせた積であるわけですが、この積は零行列となります。実際に左から計算してみると、左から右に向かって 1 列ずつ零ベクトルになっていきます。
そうして、P−1ϕ(A)P=Oが示されたので、両辺の左からPを、右からP−1を掛け合わせることで、
ϕ(A)=O
を得ることができます。
よくある証明の間違い
長ったらしい証明を経たわけですが、一部の読者は次のように思ったでしょう。
ϕ(t)=∣A−tE∣にt=Aを代入して、
ϕ(A)=∣A−AE∣=∣O∣=0
で良くね!?
これ、手取り早い上に一見正しそうなのですが、実は間違いです。
上の式では、∣A−tE∣を零ベクトルの行列式に持ち込んで、これを計算して答えを 0 としているわけですが、そもそもケーリー・ハミルトンの右辺ってスカラーの 0 じゃなくて零行列でしたよね?右辺の形式が異なる時点で的外れです。
ケーリー・ハミルトンの定理は展開後の多項式に元の行列Aを代入してチマチマ計算すると、最終的に全ての成分が 0(零行列)になることを表しています。右辺はスカラーでないことに注意を払いましょう。
おわりに
今回は、ケーリーハミルトンの定理を三角化を用いて証明してみるとともに、良くある間違いについても説明しました。
次回は、同じく三角化を用いて証明が可能なフロベニウスの定理について扱います。
>>フロベニウスの定理を例題込みで解説