総本山 長谷寺|本堂へ続く大回廊は圧巻!(西国#8・奈良)

こんにちは、おぐえもん(@oguemon_com)です。

西国三十三所巡礼記、8 回目は、第八番札所の長谷寺奈良県)です!

長谷寺とは?

長谷寺(はせでら)とは、奈良県の桜井市にある寺院です。長谷寺がある初瀬(はせ)という場所は長い渓谷に囲まれています。このことから「長谷」を「はせ」と呼ぶようになったという説があります。

長谷寺は、様々な時代において様々な人々から絶大な信仰を受けていました。平安時代から、京都の清水寺(西国 16 番)、滋賀の石山寺(西国 13 番)と並んで「三観音」の一角とされました。枕草子や蜻蛉日記、更科日記などの平安文学に長谷寺への参拝について載っているだけでなく、時の権力者である藤原道長も参拝したと言われています。

長谷寺のここがすごい!

本堂へ続く大回廊

長谷寺登廊

長谷寺を象徴するもののひとつが、入り口(仁王門)と本堂を結ぶ、瓦屋根の登廊(のぼりろう)です。その段数は 399 にもおよびます!

直線的で、まるでどこまでも続くようなその姿は幻想的です。階段は決して急ではなく、長いながらあまり辛さを感じさせません。

登廊の傍には牡丹が植えられていて、春に見頃を迎えます。

崖に切り立つ国宝本堂

長谷寺本堂を横から見た写真

長谷寺の本堂は断崖絶壁に立ちながら圧倒的な大きさを誇ります。江戸時代初期に建てられ、その質の高さから国宝にも指定されています。清水寺と同じく舞台造りなのが特徴で、舞台からは、今まで登ってきた長大な登廊をはじめとする長谷寺の内部などを一望することができます。

長谷寺本堂の舞台

公共交通での行き方

長谷寺の最寄駅は、近鉄「長谷寺駅」です。長谷寺駅からは頑張って歩きましょう。

公共交通機関で長谷寺へ向かう方法

近鉄「長谷寺駅」下車、北へ徒歩 20 分。

長谷寺駅の駅舎

長谷寺駅は、長谷寺からは谷を隔てた反対側の麓みたいなところにあります。そのため、駅から寺へ行くには坂を一旦下る必要があります。下の写真は、駅から続く下りの階段を降りたところを振り返って撮影したものです。結構な段数があるのが分かります。

長谷寺駅から続く下り坂を下ったところ

また、長谷寺の前を走る道には、初瀬商店街があります。長谷寺の参道として多くの人が往来してきた歴史を物語る門前町です。令和の街中ではあまり見かけないどこかレトロな街並みが広がっていました。

奈良の長谷寺の門前町

新聞各社のホーロー看板を並べた販売店って未だあるんですね…

初瀬商店街で見つけた新聞のホーロー看板

旅行記

仁王門(重要文化財)

重要文化財である長谷寺仁王門

長谷寺の入り口(仁王門)です。1894 年に再建されたもので、重要文化財に指定されています。名刹(有名な寺)に相応しい重厚な作りで参拝者を圧倒します。

重要文化財である長谷寺仁王門を近くから捉えたもの

正面にある「長谷寺」の扁額で用いられている字は、後陽成天皇によるものとされています。後陽成天皇は、戦国時代末期〜江戸時代初期という怒涛と波乱の時代に在位していた天皇です。

重要文化財である長谷寺登廊の入り口

仁王門を抜けると早速「登廊」が始まります。実は仁王門から本堂までの通路は全区間で屋根が付いているので、雨の中でも傘をさす必要がないのです!

登廊(重要文化財)

重要文化財である長谷寺登廊

長谷寺の登廊は、重要文化財に指定されています。全長約 200m で、399 段の階段が続きます。ものすごく直線的で、どこまでも続くような見た目をしているのですが、実は直角に 2 回折れ曲がっていて、それぞれ上廊・中廊・下廊と呼ばれています。

中廊・下廊は仁王門と同じく 1894 年の再建ですが、長谷寺の登廊自体にはおよそ 1000 年の歴史があります。

長谷寺の登廊の出口と本堂の入口

長い登廊を出ると、本堂の入り口に直結しています。長谷寺の本堂は崖の斜面に立ち、正面が崖に向いているので、本堂の右側に入り口があります。本堂に横から入るスタイルは、同じく崖に立つ京都の清水寺本堂や、滋賀の石山寺本堂にも共通します。

本堂(国宝)とその舞台

長谷寺本堂の正面(扁額)

本堂の正面です。「大悲閣」と書かれた巨大な扁額が本堂の規模にピッタリです。大悲閣は本堂のことを指し、本尊である観音菩薩の別名(大悲)にちなみます。ちなみに、大悲閣の文字は、御朱印のど真ん中にも墨書きされています。

本堂の内部はもの凄く暗く、僅かな明かりの中で 10m に及ぶ本尊の十一面観音菩薩像を拝むことができます。本尊は、1538 年完成の木造立像で、木造の仏像として日本最大です。暗く静かな環境下に佇む本尊の姿は圧倒的で、参拝者に落としかける慈悲と厳しさに満ちた眼差しに心打たれました。

長谷寺本堂の舞台からの景色

長谷寺の本堂の正面には舞台があり、そこから山の下を俯瞰することができます。長谷寺の建築群が瓦葺きで統一されていて美しいです。そして、寺門から続く登廊の長さに改めて驚かされます。遠くに目をやると、長谷寺が山と山の間にあり、言うまでもなく"長"い"谷"にあるお寺であることに気づきます。

長谷寺の舞台にある擬宝珠

長谷寺の舞台の柵には擬宝珠(橋に付いてるおまんじゅうみたいなアレ)がついています。その中の 1 つに「慶安三天」と彫られたものが見つかります。慶安 3 年は西暦 1650 年にあたります。屋外にあるのに 370 年も現役なんてすごい!

長谷寺発祥の本長谷寺

長谷寺境内にある本長谷寺

本堂を抜けて少し上ると、小さなお堂が見つかります。これは本長谷寺(もとはせでら)と称し、小さなお堂ながら長谷寺の誕生に繋がる深い歴史を誇ります。長谷寺は、686 年に道明上人と言う人が天武天皇の勅願によってこの地に三重塔などを建てて本長谷寺というお寺を開いたことから始まりました。

戦後最初に建った五重塔

長谷寺の五重塔

本長谷寺を下ると、五重塔があります。桧皮葺きで朱色をした姿は、瓦葺きのモノトーンな建築が多い長谷寺の全景に鮮やかなアクセントを与えます。1954 年の完成で、戦後日本に初めて建てられた五重塔です。

塔の向かいには、かつて存在した三重塔の趾(礎石)があります。三重塔は、慶長年間(安土桃山時代〜江戸時代初期)に豊臣秀頼が作ったものがありましたが、1876 年に消失してしまいました。

本坊(重要文化財)

長谷寺本坊

本堂の舞台から見える、長谷寺の少し外れにある本坊です。本坊とはお坊さんが住む場所です。長谷寺の本坊は 1911 年の焼失を受けて 1919 年以降に再建されました。焼失以前の伝統的な形式を継承しつつ、近代ならではの合理性も取り入れた高度な近代和風建築として、重要文化財に指定されています。

長谷寺本坊から望む本堂

本坊は、長谷寺の多くの建築が佇む山肌とは反対側にあります。そのため、長谷寺本堂の舞台からとは違った形で境内を一望できます。ここからなら、本堂が断崖絶壁に建ち、立派な舞台を構えている様子をしっかり見ることができます。春は境内の木々が色づいて最高に綺麗みたいです。(冬に行ったので見られませんでしたが…)

終わりに

長谷寺は、はるか昔より人々から並々ならぬ信仰を集めて続けているだけあって、歴史ある大規模な文化財がたくさんありました。そして、文化財だけでなく、随所で見られるお寺の全景にも日本的で古風な美しさがあったのが良かったです。

次回は、国宝仏像の保有数はなんと 17 件で全国トップ、古代と中世において寺社勢力として絶大な力を誇った奈良の大寺院、西国第九番「興福寺(南円堂)」です!

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