受験資格者は105歳以上の国家試験「弁理士銓衡試問」とは?

こんにちは、おぐえもん(@oguemon_com)です。

今日は、知的財産の士業である弁理士の国家試験・弁理士試験の論文試験の日でした。弁理士試験は短答・論文・口述の3段階あり、口述試験は比較的合格率が高いので、論文試験が最大の山場となっています。

さて、弁理士になるための試験がご存じ「弁理士試験」なのですが、実は弁理士になるための試験はもう1つあります。それが「弁理士銓衡試問」(銓衡=せんこう)というものです。

弁理士銓衡試問は今や受験資格を持つ人が105歳以上の人しかいない幻の試験です。今回はそんな弁理士銓衡試問の実態を経緯を紹介します。

弁理士銓衡試問とは

毎年1月頃、弁理士試験の公告と同時にお知らせされて、一部界隈を賑わせる試験が「弁理士銓衡試問」です。

弁理士銓衡試問は、弁理士試験と同じく弁理士の資格を得るために実施されている試験です。「銓衡(せんこう)」は「選考」と同じく、優れたものを選び出すことを表す単語です。

弁理士試験との違い

弁理士試験と異なるのが試験の要領です。

弁理士試験は、前述の通り

  1. 短答式筆記試験(マーク式)※今年は5月19日
  2. 論文式筆記試験(記述式)※今年は6月30日に必須科目、7月21日に選択科目
  3. 口述試験(面接式)※今年は10月19日〜21日のいずれか

の3ステップあるのに対して、弁理士銓衡試問は論文式筆記試験にあたる部分がなく、

  1. 短答式筆記試験(マーク式)
  2. 口述試験(面接式)

の2ステップのみで合否が決まります。また、2ステップともに弁理士試験と基本的に同じ扱いとすることが、工業所有権審議会(弁理士試験をやってる団体)の「弁理士試験の具体的実施方法について」に記されています。

試験会場は短答式筆記試験・口述試験ともに東京でしか開催されず、弁理士試験では短答式筆記試験が全国5箇所(東京・大阪・仙台・名古屋・福岡)で開催されるのと比べるとかなり少ないです。

試験日は弁理士試験と全く同じです。

驚異の受験資格

弁理士銓衡試問の一番の特徴は受験資格のハードさにあります。

2024年1月17日に発表された「令和6年度弁理士銓衡(せんこう)試問について」によると、次のいずれかを満たす人が受験資格を有します。

(1) 昭和16年6月5日までに帝国大学の学部又はこれと学科程度同等以上と認められる内外国の学校において定規の課業を終えた者(附則第3項)
(2) 昭和18年6月5日までに特許局において判任以上の官に在職して5年以上審査の事務に従事した者(附則第4項)
出典:令和6年度弁理士銓衡(せんこう)試問について

(1)は、簡単に言うと帝国大学の学部か同等以上の学校を修了した人ってことです。

帝国大学とは戦前に設けられていた学校の種別の一つで、今の北海道大・東北大・東京大・名古屋大・京都大・大阪大・九州大の7大学に相当します(ソウルと台北にもありました)。

すごいのは「昭和16年6月5日までに」という点、昭和16年=1941年なので、83年前に帝国大学を出た人ということになります。

当時の帝国大学は19歳のときに入学して、3年間修学するのが基本でした。ストレートで帝国大学を卒業すると22歳です。つまり、(1)を満たすには現時点で22+83=105歳以上でなければならないことになります。

ちなみに、帝国大学の中でも最後発の名古屋帝国大(現・名古屋大)は1939年の設立なので、この条件を満たす卒業生が存在しません。

(2)は、特許局(現・特許庁)で5年以上にわたり審査の実務をしていることを示した条件で、こちらは、昭和18年=1943年と(1)よりも期限が2年後ろにある一方で、5年以上の実務が要求されるので、結局(1)と同じかそれ以上の年齢が要求されることになります。

なぜこんな試験があるのか

どう考えても誰も受験しないこの試験がなぜ存在するのか。これには歴史的経緯があります。

まず、銓衡試問のはじまりは、1909年に公布された弁理士法の祖先となる法律「特許弁理士令(明治四十二年・勅令第三百号)」にあります。「特許弁理士」とは今の弁理士のことです。この法律の第一条にて、特許弁理士試験に合格すれば特許弁理士たる資格を有すとしつつ、第三条にて一部条件を満たす人は銓衡により特許弁理士たる資格を有すとしました。


↑特許弁理士令(明治四十二年・勅令第三百号)の一部

その後、この法律は1921年に公布された「弁理士法(大正十年・法律第百号)」(いわゆる旧弁理士法)により廃止されましたが、旧弁理士法でも第二条において弁理士となる資格を有する(あとは登録さえすれば弁理士になれる状態のこと)ための一条件として弁理士試験合格を挙げつつ、一方で第四条にて同じく例外規定を設けました。

第四条 左ノ各号ノ一ニ該当スル者ハ弁理士試験委員ノ銓衡ニ依リ第二条第一項第三号ニ規定スル条件ヲ要セスシテ弁理士タル資格ヲ有ス
一 学位ヲ有スル者
二 帝国大学ノ学部又ハ之ト学科程度同等以上ト認ムル内外国ノ学校ニ於テ定規ノ課業ヲ卒ヘタル者
三 特許局ニ於テ判任以上ノ官ニ在職シテ五年以上審査ノ事務ニ従事シタル者
出典:弁理士法(大正十年・法律第百号)(一部漢字を現代のものに変更・太字は筆者)

つまり、①学位を持つ人 ②帝国大学の学部か同等以上の学校を修了した人 ③特許局で5年以上審査の仕事をした人のいずれかは、弁理士試験合格の条件なしに、弁理士試験委員の銓衡(選考)により弁理士となる資格を有するということです。当時からこの条文に基づいて銓衡試問が行われていました。

ところが、1938年6月6日に施行された「弁理士法中改正法律(昭和13年法律第5号)」にて、上記の例外を定めた第四条が丸々削除されてしまいました。

第四条 削除
出典:弁理士法中改正法律(昭和13年法律第5号)(一部漢字を現代のものに変更)

しかし、それでは例外規定対象者が不利益を被るので、経過措置を附則第三項と第四項に定めました。

(第三項)本法施行ノ日ヨリ三年以内ニ従前ノ第四条第二号ノ規定ニ該当スルニ至リタル者ニ対シテハ本法施行後ト雖モ仍従前ノ第四条第二号ノ規定ヲ適用ス
(第四項)本法施行ノ日ヨリ五年以内ニ従前ノ第四条第三号ノ規定ニ該当スルニ至リタル者ニ対シテハ本法施行後ト雖モ仍従前ノ第四条第三号ノ規定ヲ適用ス
出典:弁理士法中改正法律(昭和13年法律第5号)附則(一部漢字を現代のものに変更・項番と太字は筆者)

先ほどの②は施行後3年以内に、③は5年以内に満たせば、引き続き銓衡の対象になりました。それぞれの期限が、前述の「昭和16年(1941年)6月5日」「昭和18年(1943年)6月5日」になります。そして、銓衡をいつまで続けるかは明記がありません。

旧弁理士法は、2000年に「弁理士法(平成十二年法律第四十九号)」として全部改正されました。これにより1921年の旧弁理士法はなくなりましたが、附則第二条で経過措置が定められ、施行時に現に弁理士となる資格を有する者は新法(今の弁理士法)でも引き続き弁理士となる資格を有するものとみなすことになりました。

(弁理士の資格に関する経過措置)
第二条 次に掲げる者は、改正後の弁理士法(以下「新法」という。)第七条に規定する弁理士となる資格を有するものとみなす。
一 この法律の施行の際現に弁理士となる資格を有する者
二 (略)
出典:弁理士法(平成十二年法律第四十九号)附則(太字は筆者)

弁理士となる資格を有するものが何かを定める弁理士法第七条は、2007年の「弁理士法の一部を改正する法律(平成19年法律第91号)」で改正されましたが、これまた附則第二条で同様の経過措置が定められました。

(弁理士となる資格に関する経過措置)
第二条 前条第三号に掲げる規定の施行の際現に弁理士となる資格を有する者は、この法律による改正後の弁理士法(以下「新法」という。)第七条に規定する弁理士となる資格を有するものとみなす。
出典:弁理士法の一部を改正する法律(平成19年法律第91号)附則(太字は筆者)

ここで、旧弁理士法第四条の第二号(帝大卒)または第三号(特許局で5年以上の審査)に該当する人は、銓衡試問を受けていなくても「現に弁理士となる資格を有する者」と扱えるのかどうかが問題となります。

法律の素人である私が今まで掲げた条文を読んだ感じでは、とても扱えるように解釈し難いのですが、特許庁(工業所有権審議会)は以上の条文を弁理士銓衡試問実施の根拠にしています

よって、特許庁は「扱える」と解釈しており、こうして銓衡試問を今でも毎年継続して、100歳を超える高齢者の出願を心待ちにしているのだと思われます。

このあたり、法律解釈に詳しい人は教えてください!

弁理士銓衡試問の実態

受験・合格の状況

Web Archiveを漁ると、過去には弁理士銓衡試問の受験者がいたことが伺えます。

しかし、どの回も短答試験の時点で全員が落ちていて、誰も合格していません。そして、平成14年度(2002年度)からは銓衡試問の合格者発表はネット上からなくなってしまいました…

2002年の時点で対象者は83歳以上に絞られているので、これ以降そもそも受験者がいるのかすらかなり怪しいです。

銓衡試問を経た現役弁理士

全ての弁理士が加入している日本弁理士会は、会員の属性を毎年公開しています。

これによると、2024年3月末時点で銓衡試問経由で弁理士資格を取得した現役弁理士はゼロ人です!つまり、全員が弁理士を卒業してしまいました!

日本弁理士会会員の分布状況(2024年3月31日現在)弁理士資格取得別
↑「日本弁理士会会員の分布状況(2024年3月31日現在)」の弁理士資格取得別より

ちなみに、過去のデータを見ると2014年までは銓衡試問経由の現役弁理士が存在していたようです。

時点人数
2008年3月31日20名
2009年3月31日15名
2010年3月31日13名
2011年3月31日7名
2012年3月31日3名
2013年3月31日1名
2014年2月28日1名
2015年3月31日0名

銓衡試問合格者の年齢は、銓衡試問受験資格者と同じかそれ以上なので、2015年時点で96歳以上になります。96歳で弁理士を続ける人なんてほとんどいませんよね。

おわり

弁理士になるための試験には、弁理士試験のほかに「弁理士銓衡試問」(銓衡=せんこう)がありますが、少なくとも105歳以上でなければ条件を満たせない超ハードな受験資格になっていて、ここ20年以上受験生が皆無なほか、この試験を経由した現役弁理士もいなくなってしまいました。

このように、明らかに形骸化した幻の試験と化してしまったのですが、法律の条文の兼ね合いで今も引き続き実施されているようです。

個人的にはとても面白いので、これから何十年も先もずっと続けて、試験の幻度合いをどんどん高めていってもらいたいです。

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